Article 06

名月荘

山形県
 - of 名月荘

宿の食事、取り分け日本旅館のそれは、とかく画一的になりがちである。食卓に並び切らないほどの皿や鉢が机上を埋め尽くす。そんな時代から、一品、一品運ばれて来るようになったものの、肝心の料理はと言えば、さほど代わり映えしない。何より、日本中どこへ行っても「季節の京懐石風」というのが情けない。

そこへこの『名月荘』。元々が料理に定評のあった宿の新たな展開は、なんとカウンタースタイルの食事である。京都の割烹と見紛う瀟洒な佇まい。その中に身を置き、山形の里らしい夕餉を摂ることができる。食いしん坊に取って、無上の喜び。宿での過ごし方が大きく変わる。これぞまさしく〈味の宿〉である。

山形新幹線の〈かみのやま温泉駅〉を経て、『名月荘』に着く。大仰に過ぎない玄関を潜り、長い廊下を伝って部屋へと向かう。ただ広さだけを自慢するのではなく、使い勝手を優先して設えられた客室には露天風呂が備わっている。広々とした大浴場もいいが、誰に気兼ねすることなく、存分に湯を愉しめる部屋風呂が心地いい。目に青葉、そよ吹く風が頬を撫でる。湯を肌に滑らせる。火照りを冷ます内、やがて湯宿は宵闇に包まれる。いざ食事処へ。

カウンター席に着く。先ずはシャンパーニュで喉を潤す。この宿には、日本旅館では珍しい、本格的なワインセラーを備えているのだ。すっと出て来る先付は山形ウルイとホタルイカ。蕗味噌で味わう。椀ものはホワイトアスパラのすり流し。と続けば、ここが、みちのくの温泉宿だということを忘れてしまいそう。滋味深い山形の食材に何度もうなった。
桜鯛、桜鱒、山形牛と、この地ならではの料理が次々と繰り出され、泡はやがて赤ワインへと切り替わる。山形の地ワインは個性豊か。地の食材と地の酒を合わせる愉しみを与えてくれる。或いは日本酒にも、優れて飲み飽きない酒を醸す蔵が多くあり、料理に合わせて飲み分けるのもいい。

いずれにせよ、客室で部屋出しされるのと、同じ内容の料理であっても、まったく空気が異なる。時間の流れ方が違う。とことん寛いで食べたいなら部屋食。幾ばくかの緊張感を持って食事したいならカウンター席。
日本旅館の多くが、選択の余地を与えないことで客を遠ざけている。部屋を選び、食の時間と場所を選択し、その内容までも選べれば、日本旅館の魅力は倍加するに違いない。その手本を示しているのが、この『名月荘』。日本旅館を苦手としている人にも、是非訪ねて欲しい宿。随所に〈味〉を感じ取れる。

ライター: 柏井