Article 02

洋々閣

佐賀県
 - of 洋々閣

かつて九つの国で構成されていたことから、そう呼ばれるようになった九州。今では七つの県に分かれる。中で最もその位置が分かり辛いのが佐賀県。なんとなく福岡と長崎の間にあるように思うが、その県境も曖昧で、更に言えば、どんな観光地があるか、も直ぐには浮かばない。大方はそんなところだろう。

だが一部の数寄者にとっては、聖地とさえ称されていて、それは焼物好きの人たちである。遠くヨーロッパにまで、その影響を与えたという伊万里焼を始め、鍋島焼、唐津焼と、誰もが知る窯が並ぶ。

分けても唐津焼は、一楽二萩三唐津と言われ、秀でた茶陶としてその人気は高い。

博多から地下鉄に乗る。いつの間にかそれは地上に出て、海沿いをのんびりと走るローカル線に変わる。

右手に海を見ながら、緩やかなカーブを幾つか回り、広い松原が見えて来たらやがて唐津に着く。旅情を存分に愉しませてくれるアクセスも、宿の味わいのひとつ。

唐津で宿といえば、僕には『洋々閣』しか思い付かない。

十年以上も前に、唐津くんちの宿として訪ねて以来、定宿と呼ばせてもらっている。この宿は又、唐津焼の第一人者として、広く知られる中里隆のギャラリーを併設していることでも名高い、器好きには夙に知られた宿。

大正から昭和を生き延びてきた、見事な建築を見回しながら玄関を潜り、応接室でひと息吐く。黒光りする渡り廊下を伝って、部屋へと案内される。

虹の松原へと続く、よく手入れされた庭を散策するのも、この宿ならではの愉しみ。遠く唐津城を見上げ、潮騒に耳を澄ませると、日本旅館の味わいが、深く心に沁み入ってくる。

庭歩きを愉しんだあとは大浴場へ。
フロント横のギャラリーに並ぶ名陶を横目で見ながら、廊下を進むと、男女別の大浴場があり、その湯船には麦飯石を使った湯が張られている。

言われなければ、きっと温泉だと思ってしまう。それほどに心地いい湯。真水と比べて、明らかにやわらかく、そしてよく温もる。肌触りも滑らかで湯上がりも快適だ。この宿に泊まると、必ず二度、三度とこの湯に浸かる。

『洋々閣』はまた、〈味の宿〉としても知られている。湯上がりに待つのは玄界灘の幸。冬場ならアラやフグ。春から秋はオコゼ。通年味わえる佐賀県産和牛のしゃぶしゃぶも捨てがたい。どれもがここでしか味わえない。

この宿に付いて語るべきことはまだまだあるのだが、是非それは泊まってみて体験して欲しい。『洋々閣』はその名が示す通り、大海原のように魅力の尽きない宿であり、奥深い味わいを持つ、日本の宿なのである。

ライター: 柏井